救急

  舞台にはソファーとテレビ。
  男1、ソファーに背もたれながらテレビを見ている。くつろいだ様子。
  救急車のサイレンの音。次第に大きくなる。
  音が止むと同時に、救急隊員の格好をした男2、男3が舞台上手より登場。駆け足で、急いでいる。
  しかるべき場所で立ち止まり、男2ドアを叩く動作。男1の部屋のドアを叩いている。

  ドン、ドン。

  男1、ドアが叩かれる音に驚き、飛び上がる。訝しげにドアのほうを見遣る。

 男2 「大丈夫ですか!」

  乱暴ともいえるドアの叩き方。緊急事態という様子。

 男3 「おーい、大丈夫ですか」
 男2 「大丈夫ですか」

  男1、しぶしぶといった様子で、ドアのほうへ向かう。

 男2 「しっかりしてください! 大丈夫ですか」
 男1 (ドアを開け)「なんですか」
 男2 「大丈夫ですか」
 男1 「何がですか」
 男2 「通報がありまして、大変なことになっていると」
 男1 「大変なことに? 誰が?」
 男2 「あなたですよ」
 男3 「そう、あなたですよ」
 男1 「いや、なんともないですが」
 男2 「本当ですか」
 男1 「だって、ほら、この通り」
 男3 「嘘つくな」
 男1 「え?」
 男3 「我々は、あなたが大変なことになっていると聞いて駆けつけたんですよ。なんともないわけがない。なんとかなっていてもらわないと困るんです」
 男1 「でも、別に異常はありませんし。…一体誰からの通報なんですか」
 男3 「匿名のタレ込みです」
 男2 「これは仕事なんです。せっかくこうやって来たのに、何の収穫もなしでは、病院にも上司にも顔向けできないじゃないですか」
 男1 「知りませんよ。とにかく、帰ってください」
 男2 「せっかく来てやったのに、何だそのものの言い方は!」
 男1 「僕がなんともなかったのが悪かったのなら、謝ります。でも、実際に何ともないんで、すいませんがお引き取りください」

  間。男2と男3、困惑。

 男2 (男3に向かって、ひそひそ声で)「困ったな」
 男3 (ひそひそ声)「だな。なかなか手強い」
 男1 「なんですか」
 男2 (男1に向かって)「あなた、さっきまで何しておられましたか」
 男1 「何って、テレビ見てましたが」
 男3 「昨日の今頃は?」
 男1 「たぶん、今日と同じようにテレビでも見てたんじゃないですかね」
 男2 「と、いうことは…、おとといも…」
 男3 「…テレビ、見てましたね?」
 男1 「何なんですか、早く帰ってくださいよ」
 男2 「これは典型的なテレビ症候群だ。(男3に)な?」
 男3 「そうだ」
 男1 「え?」
 男2 「テレビ症候群は病院での治療を要する極めて現代的な病です。放置すれば病状は凄まじく進行し、死に至ります。(男3に)だな?」
 男3 「そうだ」
 男2 「(男1の腕を引きながら)さあ、直ちに病院へ」
 男1 「なんだその無茶苦茶な屁理屈は。テレビを見て、何が悪いんだ」
 男2 「とにかく来るんだ」
 男1 「あんたたちはテレビ見ないのか」
 男3 「(我に返って)あ、俺、昨日テレビ見たわ」
 男2 「まさか。もしかして、昨日も、おとといもじゃないだろうな」
 男3 「それが、その…。昨日もおとといも見てしまいました」
 男2 「…」
 男1 「もういいですか」
 男3 「そういえば、あなたさっきから酒の匂いがしますね」
 男1 「まあ、ビールの1本や2本は飲みますよ」
 男3 「まさか…、昨日もおとといも…」
 男1 「そうですよ。昨日もおとといも飲みました。何がいけないんですか」
 男3 「(男1の腕を引っ張りながら)あなた、アル中ですね。ちょっと病院まで来てもらおうか」
 男1 「何するんだ。やめろ」
 男3 「とにかく、病院に来てもらわないと困るんだ。俺たちのノルマのことも考えてくれ。こっちの身にもなってくれよ」

  男1と男3、激しく引っ張り合う。男2は静観。

 男2 「(こらえきれなくなって)…私は昨日、3本飲んでしまったんだ」
 男3 「え?」

  男3、思わず男1を離してしまう。
  男1、地面に頭を強く打ちつけ、倒れる。動かない。

 男3 「おい、大丈夫か」

  反応なし。

 男3 「大変なことになった…。どうしよう」
 男2 「病院に運ぶぞ」

  男2と男3、男1を運びながら上手へ去る。

  暗転。


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