宇都宮のアスリート

 実家から自分のアパートへと帰るためには、東北本線、宇都宮線、両毛線を乗り継いで南下しなければならないのだが、それは黒磯駅から乗り換える宇都宮線にて起こった。
 乗車したときから気付いていた。
 車内アナウンスが「黒磯駅を発車いたしますと、那須塩原、西那須野、野崎……の順に停車してまいります」と告げているのだが、それを追うように同じことを一人でわめいている男がいたのだ。
 他にも男は、よくわからない独り言を終始続けていた。電車が駅を発っても同じ調子だった。
 宇都宮駅まではおよそ一時間。

 岡本駅を出てすぐに、アナウンスが「次は宇都宮です」と告げる。
 次の停車駅が宇都宮であるだけであって、そのアナウンスがされたからといって、すぐに着くわけではない。
 しかし、男はそのアナウンスがあるやいなや席を立ち、ドアの前に並んだ。「並んだ」というよりも、一人で立っていた。角刈りで、30代くらい。幼稚な感じのリュックを背負っていた。
 電車が宇都宮に着いた。
 ドアが開く。と同時に男は勢いよく飛び出した。
 階段があるのは降りて左側であり、電車を出た者は皆、そちらの方に向かう。
 しかし、その男は、微塵の迷いもなく逆の方向に全力疾走した。まさにリュックを乱しながらの、全身全霊の猛ダッシュである。あっという間に男の姿は小さくなる。そちらにはホームの端しかないというのに。
 一体どこに行きたかったのだろう。

 もし、角刈りで、リュックを背負いながら全力疾走している30代くらいの男を見かけたら、いまだに走っているその男であろう。


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