だらしない警察官

 僕はその時、故郷に帰る途中で、電車に乗っていた。
 本を読んでいたのだが、疲れてきたので、それをやめた。それまで文庫本に落としていた視線が自然と正面を向く。

 僕の目に一人の男が映ったのはその時だ。僕と向かい合う形になっている座席に腰を下ろしていた男だが、なにやら様子がおかしい。
 と、言っても具合が悪そうとかいった類の話ではない。

 男はイヤホンをしていた。そこから繋がっているコードをしきりに指でいじっている。そして、その手はなぜか胸の前あたりで無造作に組まれていて、座り方もどこかだらしがない。足元には幼稚な感じの黒いリュックサックが置かれている。

 彼は明らかな挙動不審者として僕の目に映った。

 だが、次の瞬間、僕は目を訝ってしまった。男の上着である。
 その胸には威厳ありそうな形の金のバッジが付され、さらには肩のワッペンにはこうあるのを目撃した。

 「POLICE」

 衝撃が走った。彼は警察官だったのか。あんなだらしない姿勢で身を呈す人が実は立派な公務員、しかも警察官だったなんて。

 いや、でも格好がおかしい。
 上着にはそんな権威の象徴たるものを纏っているにも関わらず、下はといえばジーパン、そして男の頭にはなんとも親父臭い帽子が乗せられているのだった。

 彼は本当に警察官なのだろうか。あまりにもアンバランスな見てくれだ。

 だが、僕の頭には一つの仮説が閃いた。彼は鉄道警察の私服警官なのだ。
 それが証拠に先程のワッペンをもう一度見てみると「TRANSIT POLICE」とあるではないか。
 あんなにだらしない格好で座席にいたのも、警官たる威厳を失わせる外見も全てはカムフラージュ。車内での不正や犯罪に鋭く眼差しを光らせ、それを見つけるやいなやしなやかな身のこなしで悪を検挙するに違いない。

 そうか、そういう作戦だったのか。僕はそう納得し、もう一度彼の見事な変装ぶりをこの目に焼き付けようと、彼を見た。
 すると、どこからどう見ても東洋人顔である彼の、肩のワッペンが完全な形となって僕に見えた。
 そこにはこうあった。

 「TRANSIT POLICE NEW YORK CITY」

 彼は、やはりだらしないだけの乗客だったようだ。


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