暇だったので早口言葉を考えることにした。
早口言葉の作成方法について何の知識もない僕は、まず早口言葉の構成を分析するところから始めた。いかにして人は早口言葉に引っかかるのか。いかなる文章によって人はその発音に支障をきたすのか。
それを研究するためのテキストとして用いたのは、次の早口言葉である。
「自称弱小マイケルジャクソン 逆走で爆笑」
これを少しの間、口に出して言ってみたり、ひらがなにして思い浮かべたりすると、すぐに着目すべき点が現われる。
「しょ」と「そ」だ。
どうも人は「しょ」と「そ」によって混乱させられるらしい。「しょ」「しょ」「しょ」と言った後に「そ」と出てくると、「そ」と認識しているにも関わらず、口からは「しょ」という言葉がこぼれてしまうのだ。
なるほど、分かった。このことに基づいて、「しょ」や「そ」が入っていて、かつ、早口言葉に使えそうなリズミカルで語呂の良い言葉を頭の中から検索して書き出してみた。
──干渉、装飾、訴訟、山荘、焦燥、嘲笑、競走、表彰、交渉、消息、象徴、中傷──。
そうしてできた実験作がこれだ。
「きょちょ勝訴 表彰の交渉は山荘で」
いまいちしっくり来なかった。
小声で言ってみたが、あまりひっかかりそうにない。ちなみに「きょちょ」とは三国志に出てくる人らしい。
もう一度、考え直してみることにした。さらに言葉を並べてみる。
──車掌、参照、感想、故障、錯綜、奔走、車窓、颯爽、改装、快勝、搬送、シャンソン──。
で、次にできたのがこれである。
「きょちょ勝訴 故障した車窓から賛賞のシャンソン」
かなり成長した。「きょちょ勝訴」は気に入ったので引き続き採用した。再び小声で呟いてみたが、我ながら難易度の高さにもどかしさを感じるほどだった。
できた。完璧だ。ちょうど授業が終わった時だった。
家に帰って、この努力の結晶を誰かに公開したいという欲求に駆られて、これを友人に伝えようと携帯を手に取りメールに打ち出した。だが、ここで二つの問題が明らかになるのである。
まず、「きょちょ」が漢字に変換できなかった。
「きょ」は「許」だが、「ちょ」の漢字がなかったのだ。衣偏に、「者」という漢字の真ん中のスペースに点を打ったものを旁とする漢字。この文章でも「きょちょ」がひらがななのはそういうわけだ。
ひらがなのままだとどうも格好が悪いので、どうしても漢字にしたかった。そこで「きょちょ」の代わりを探すことにした。「きょちょ」が持つ独特の世界観を損なわないピンチヒッター、言うなれば「きょちょ」の親類のような言葉。
「強調」だ。
これでいい。なにしろ「きょ」と「ちょ」の後ろに「う」を附属させただけの言葉だ。「きょちょ勝訴」も「強調勝訴」となり、裁判所から駆け出してきた青年が「勝訴」と書かれた紙を大袈裟に掲げるさまが目に浮かぶではないか。
二つ目の問題点は「賛賞」の部分だ。「さんしょう」と打ち出して漢字に変換してみても「賛賞」という候補は上がらなかったのだ。
どうしてだ。この携帯は頭が悪いのか。
そう思って、僕は国語辞典を開き、「さんしょう」を調べた。
なかった。
その後しばらく頭を悩ませて気付いたが、どうやら僕は「賞賛」と「賛賞」を取り違えていたらしい。頭が悪いのは自分のほうであった。
さて、ここで問題になるのは早口言葉で「賛賞」とした部分をどうするかだ。ただ「賞賛」と変えただけでは文章的に正しくはなるが、早口言葉の意味をなさない。「さんしょう」という言葉は変えたくなかった。
そこでもう一度、国語辞典で「さんしょう」を見てみた。
様々な「さんしょう」。参照、山椒、産商──。
だが、ここで僕の心を捉えたのはこれだった。
「三唱」
そう、「万歳三唱」の「三唱」だ。これでいい。そうすることによってその部分も「三唱のシャンソン」となり、勝訴した者が歓喜のあまりシャンソンを幾度となく歌うさまがありありと目に浮かぶ。
こうして、この早口言葉はついに完成となる時を迎えたのだ。すなわち、
「強調勝訴 故障した車窓から三唱のシャンソン」
である。