イナンナの讃歌

 イギリスの作曲家マイケル・ナイマンの1992年の委嘱作品を集めたアルバム『時は告げる』の解説にこうあるのを見つけた。

 「1992年2月、パリに住む知り合いのアメリカ人の本棚を何気なく見ていた時に、この歌のテキストに出会った。(中略)これを読んだ瞬間、その稀有性、衒(てら)いのまったくない自画自讃ぶりに感銘を覚えた」

 これは『イナンナの自己とその全能を誉め讃える讃歌』という曲への作曲者自身による解説である。

 『イナンナの自己とその全能を誉め讃える讃歌』

 先に「衒いのまったくない自画自讃ぶり」と述べられていたが、このタイトルからもそのことが充分すぎるほどにわかる。
 「イナンナ」とは主役の人物の名前、つまり「私」のことであるので、要するに「私のすばらしさを讃えた歌」ということになるのだろう。

 その歌の内容であるが、冒頭からこうである。

 「わが父は私に天を与え、大地を与えた
  私は天の女王
  私と競うことができる神がほかにあろうか?」

 こいつは一体何者なのだろう。
 自分は全てを手にした神であると自負し、それだけに飽き足らず、神の中でも頂点に立つと豪語している。何と傲慢な奴だ。思い上がりすぎていて、もはや憎めない。

 こんな熱の上がり具合がもう一段続く。

 「私は支配権、戦、闘争、洪水、大嵐を与えられ、王冠、履物としての大地、聖なる衣装を身に付けている」という意味のことを自ら報告する。「神々は私の臣下」であるとまで言う。

 もうやりたい放題である。開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 だが、この「イナンナ」。妄想癖や虚言癖などによってこのような暴言を吐いていたのではないらしい。
 イナンナとは「天の女王」という意味であり、彼女はシュメール文明の歴史を通じて常に崇拝され、神話、叙事詩、賛美歌などにおいて、他のどの男神や女神よりも重要な役割を演じているのだという。確かにイナンナは自讃した通り、神のうちで最高の者であったのだ。

 だが、次の段ではこう言っている。

 「私は生命を吹き込む牛」

 耳を疑う。「牛」である。
 先程まで全能だとか頂点だとか言っていた者が、牛になってしまった。ホルスタインであり、赤べこである。

 いくら牛が神聖な動物とはいえ、自らをそれに例えるのは誤っているのではないか。そんな気がするのだが、

 「私は父エンリルの生命を吹き込む牛
  先頭でめざめる生命を吹き込む牛」

 と後に2回も続けて自慢げに宣言している。しかもそれは自分の父親の生命を誰かに吹き込む牛であるらしく、かなりややこしく奇怪なことになっているのだ。

 その後には、

 「天は私のもの、大地は私のもの
  エレクではエアンナが私のもの
  ザバロムではギグナが私のもの
  ニップールではデュランキ私のもの
  ……」

 と、各地方の各所有物が延々と列挙され、最後に、

 「私と競うことができる神がほかにあろうか?」

 と歌を閉じている。

 我々はこれから牛を見る際には気を付けなければならない。それは一見だらだらうろつき回っているだけの動物かもしれないが、実は極度に自信過剰な牛なのかもしれず、もしかしたら神そのものであるかもしれないのだ。


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