小ネタ集と幾つかの夢 2006〜2007

 新しい店に配属になって最初の日だ。同じ店に配属になった新入社員はもう一人おり、少し会話を交わしたのだった。
 自己紹介から始まり、お互いが以前はどこの店にいたのかという話になった。
 僕は宮城については全くの無知であるので、彼女がその店の名前を言っても、どこにあるのかさっぱりわからなかったし、イメージも全然沸かなかった。
 「それ、どこにあるの?」僕は訊いた。
 「どこっていうか……」
 「南のほう?」
 「いや」
 「北?」
 「うーん……」そして、彼女は続けた。「方角では表せないんだよね」
 そんな場所があるのか。ラピュタか。

 魚部門の一人の祖母が亡くなったそうで、急遽休みをとったらしく、魚部門の人たちがかなり忙しそうだった。
 昼休み、魚部門の人たちが「あー、疲れた」などと言っていると、店長が来た。かなり謙虚な店長だ。「どうしたんですか」などと、魚部門の人に声を掛ける。
 事情が一通り説明されると、店長は大声で言い始めた。というより、もともと声が大きいのだろう。
 「ばあちゃんが死んだ、そりゃよかった。ばあちゃんが死ぬのはいいことなんですよ。物事には順序がありますからね。かあちゃんが先に死んだんなら悲しいですけどね、ばあちゃんが死ぬのは喜ばしいことですよ」
 「ちょっと、声でかいッスよ」(魚の人)
 「いやいや、ばあちゃんが死ぬのはいいことなんですよ。本人とか、かあちゃんが死ぬんだったら悲しいですけどね。ばあちゃんがね、そりゃよかった」
 ずっと言っていた。

 夕方頃、偉い地位にある男の人と偉い地位にある女の人が、たった今通り過ぎて行った客について喋っていたのだった。店の入り口辺りだ。
 女 「今の、パトカーおじさんですよぉ」(こんな喋り方)
 男 「え? どれが?」
 女 「今の人ですぅ」
 男 「へぇー」
 女 「見たことないんですかぁ」
 男 「ないよ」
 女 「えー!? 結構うろうろしてますよぉ」
 男 「見たことなかったなぁ。話には聞いてたんだけど」
 しばらくすると、偉い女の人が「あー! おじさーん!」とでかい声をあげながら、手を振り始めた。
 そちらのほうを見てみると、自転車に乗ったおっさんがこちらに手を振りながら去って行くところだった。
 「ブーンってやってー」と女の人。
 すると、おっさんは振っていた手をポケットに入れ、何かを取り出して高らかと掲げた。それが「パトカー」だったのかもしれないが、よくわからない。
 「わーぁ!」と偉い地位にある女の人が嬉しそうに放つ。
 おっさんが去った後、偉い女の人が表情を一変させ、ため息をついたように見えた。
 「へー、あれがね」と偉い男の人。
 ふーん、あれがパトカーおじさんか、と僕は思った。

 歩き方がだらだらしているらしく、職場の人によく注意されるのだった。
 先日言われた内容がこれだ。
 「時速4秒くらいで歩け」
 「はい」とは答えておいたものの、かなり難解な速度だと思う。

 くしゃみの発音は大抵の場合「はっくしょん!」だが、その日、僕が聞いたくしゃみはこれだ。
 「FAX!」

 スーパーマーケットをよく利用する者は気付いていると思うが、商品の名称や価格を表示するための紙あるいはボードが当該商品の上あたりにあるのである。これをPOPという。
 殆どのスーパーマーケットでは、商品名、販売単位、価格の他に、「おすすめコメント」みたいなものが付記されている。ほうれん草だったら「おひたしに!」とか、チンゲン菜だったら「生活習慣病予防に!」とか、じゃがいもだったら「カレーに!」とかだ。
 POPは社内のパソコンで作る。しかるべきソフトウェアがあり、しかるべき場所にしかるべき文字を入力して印刷すれば、立派なPOPが完成するのである。
 その日、僕はいつものようにPOPを作っていた。大変疲れていた日だ。
 疲れていると脳の機能が低下するのである。
 膨大な量のPOPを作成する中、きゅうりのPOPに差し掛かった。
 疲労は限界だ。
 僕はなぜか、きゅうりの「おすすめコメント」にこう書いていたのだった。
 「きゅうりに!」
 自分でやっておいて自分で爆笑したわけだが、やはりかなり疲れていたのだと思う。

 宮城特有の文法なのか、それとも年と共にそういう言葉の使い方をするようになっていくのかはわからないが、店の中年くらいの歳の人が、冗談を言った後に自ら「あ、違うか」と付け加えるのを頻繁に耳にする。
 ある日も、コピー機の調子が悪くなった際に、傍らにいたパートのおばさんがそのコピー機を指して、「お腹空いてるのかもね、あ、違うか」と言っていたのである。「もうすぐお昼ですしね」と返しておいたけれど。
 人によっては、「あ、違うか、ハッハッハ」と自分で笑ったりする。この場合、相手が笑っているので、つられるようにこっちも愛想笑いをしてしまうという事態に陥ることとなる。もっと始末が悪いと、冗談の言葉と「あ、違うか」の間隔が狭すぎて、相手がどんな内容の冗談を言ったのかわからないまま、相手の「ハッハッハ」につられて愛想笑いをする羽目になるという、相手にとっても自分にとっても何がプラスなのだかわからないことになるのである。
 「あ、違うか」は「私は今、冗談を言ったんだよ」というサインであると思われるが、つまり、冗談を言っておいて、それをそのまま放置し、リアクションを相手に委ねるのが不安であるため、「あ、違うか」によって、その冗談を自ら完結させようとしているのであろう。
 別のパートの人に突然、話しかけられた。
 「お母さん何の仕事してるの?あ違うかハッハッハ」
 さっぱり意味がわからない。


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