マヨネーズで事件を起こす

 冷蔵庫の中にたいして減っていないマヨネーズがあった。これは僕がまだここに引っ越してきたばかりの頃、調味料をある程度買い揃えていたときになんとなく買ったものだ。

 世は近年、マヨネーズ旋風が吹き荒れている。あらゆるものにマヨネーズをかけて食べるといった者があちこちで出現しているのだ。ラーメン、味噌汁、焼肉などは序の口で、彼らは当たり前の顔をしてケーキにまであの油脂分たっぷりのものをかけて食べる。
 世間がそんなにマヨネーズに沸いていることと、僕自身としても最近マヨネーズを口にしていなかったこともあり、なんとなく買ってしまったのだ。

 だが、マヨネーズは僕の口には合わなかった。
 試しにご飯にほんの少しだけつけて食べてみたのだが、なんだか後味が悪く、食べた感じもあまり良くなく、僕としては好かないものだった。せっかく買ってきたのだが、そんなに頻繁に使うものでもなかったようだ。というより、僕の生活においてはほぼ不必要なものだった。

 というわけで、それを買ってから約九ヶ月間、我が家の冷蔵庫にはほぼ使われていないマヨネーズが息を潜めていた。
 さて、ここで注意すべきは「潜めていた」と過去形になっていることである。つまり、今現在、そのマヨネーズは僕の手元にはない。

 冷蔵庫に収められている、もう使うことはないであろうマヨネーズについて考えていたとき、僕にはある記憶が甦ってきた。
 それは小学生の頃のことだ。

 給食にででくる小さな醤油やソースを路上に仕掛けておいて、それを車に轢かせるといういたずらをよくしていたことがあった。それが車に踏まれ、中身がビュッと飛び出すさまを面白がっていたのだ。

 初めは醤油やソースだけで満足していたが、僕はそのうち他のものも試してみるようになっていった。わさび、タルタルソース、みかん、納豆──。特に納豆は傑作で、それを踏んだタイヤの跡にはねばねばしたものがしばらく続いていた。

 あの頃、かなりたくさんのものを轢かせては喜んでいたが、僕には是非、踏ませたいものがあった。
 それをスピードをあげた車が一瞬で踏み潰したらどんなダイナミックな映像が見られるだろう。きっと今までのものがちっぽけなものに思えるほど迫力に満ちたことが起こるに違いない。

 僕は期待に胸を膨らませていた。いつかその衝撃映像をこの目で捉えてやる、と。

 だが、それは実現しなかった。周囲のそのいたずらに対する熱が冷めてきたことや一度失敗して運転手に長々と怒られたことなどがあったためだ。

 僕は結局、マヨネーズを車に轢かせることはできなかったのだ。

 再び熱いものが込み上げてくるのを感じていた。冷蔵庫の中には中身がたっぷりのマヨネーズ。
 そしてそれは今朝の未明に実行に移された。

 夜の明け切らぬ午前四時頃、僕はゴミを出すために外へ出た。片手にはゴミ袋、もう片方の手にはマヨネーズをしっかりと握って。

 ゴミ収集場に行く途中に横切る道路。そこにキャップを取ったマヨネーズをさりげなく設置した。タイヤの通過しそうな所に、慎重にかつ迅速に。そして普通にゴミを出してきて、設置したマヨネーズを横目に家へ戻る。

 残念ながらその瞬間に立ち会うことはできない。これは完全犯罪でなくてはいけないのだ。もう20歳にもなる者がこんないたずらをしているところを目撃されたりしては決していけない。もうそんなことが許される年齢ではないことをよく考慮しなければならないのだ。

 それから約十時間後の午後三時頃、僕は歯医者に向かった。
 その途中にある道路に異変が起きていた。何やら激しく飛び散ったような跡がはっきりと残されている。恐らく油のようなものだろう。

 道の傍らには一本の抜け殻のようなマヨネーズの容器が転がっていた。


[戻る]
inserted by FC2 system