レジに並ぶ

 運というものは誰にでも公平に訪れる。運の良い日もあれば、悪い日もある。浮き沈みがあったほうが人生は楽しいに決まっている。
 だが、人は何かあると世界の中で自分ほど不運な奴はいないなどと、ひどく落ちこんだり嘆いたりする。
 特に今日のような日は。

 スーパーでレジ待ちをしていた。開いている4つのレジの中で最速で抜けられるレジをしっかりと吟味した上で並んだつもりだった。
 僕の未来図には、華々しくトップでレジを抜ける自分の姿が描かれていた。そして、迅速に袋詰めをし、颯爽と店内を出て、さっさと帰宅することになるであろうことを信じて疑わなかった。

 しかし、その現実となるべき神話は、そのレジの列に並んだ瞬間にもう危機を迎えた。3つ前の客がなにやらややこしい物ばかり購入したようで、なかなか進まなかったのだ。バーコード読みが終わって会計時になっても店員が商品を袋に入れたりしていてかなり時間をとられた。
 しかもその客は老人だった。支払いが遅い。器用さは皆無に近い。小銭にてこずっている様子だ。手が震えている。
 せっかくの未来図が薄らいでいくのを感じた。

 次の客。僕の2つ前の客だ。
 なぜここのレジを選んだかというと、この客のためといってもいい。なにしろカゴの中の商品が3つくらいだった。
 その中にあったやけに長いごぼうが目を引いた。彼が買った野菜はそのごぼうだけだったのだが、それだけ買って何に使うのか、頭を悩まされた。
 この客はかなり速めに会計を済ませるはずだと思っていたが、これも老人だったのでやはり動きはスロウだった。

 僕は老人を見くびっていた。まさかこんなに遅いとは思っていなかった。しかも二人連続は大打撃である。隣のレジとの差は開いていくばかり。同じ時に並んだ客はもう会計に入っている。
 選択を誤った。隣に並んだほうが明らかに速かった。もうトップでのレジ抜けの夢は完全に散った。

 その次の客──僕の前の客──は何か少し店員ともめたが大騒動にはならなかった。普通にレジを通過し、やっと首を長くして待った僕の番が来た。

 ……かに見えた。

 店員が何か訝しげな目で、前の客が去ったレジ台の上を見ている。店員はその見つめていたものに手を伸ばした。

 ごぼうだった。

 やけに長いごぼうがそこに置き去りにされていたのだ。

 店員はごぼうを持って慌ててどこかへ走り去ってしまった。さっきの老人に届けに行ったのだろうか。だがもういないだろう。

 誰もいないレジに僕は並んでいた。そこだけ時が明らかに止まっていた。老人二人に大幅にロスさせられたあげく、遂には店員が失踪した。信じられなかった。

 「お待ちのお客様どうぞ」と、もう片方の隣のレジが開いた。僕の後ろに並んでいた人がそこへ行って早々と会計を済ませ、そこには他の客たちが押し寄せた。

 空白のレジを待つ僕の後ろにはもう誰も並ぶことはなかった。

 その後百年間、僕はずっとそのレジに並んでいた。


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