さよなら、サイキック

 知人から、『魔法の杖』という本を借りたのだった。
 少し前に話題になった本だそうで、本と言っても、何らかのストーリーが展開されたり、1ページずつめくって読んでいくようなものではない。
 帯には、こう書いてある。

 「聞きたいことは何ですか? 深呼吸をしてページを開いてください。そこにあなたへの答えがあります」

 裏の帯にはこうある。

 「◎この本の使い方
   両手で本を持って深呼吸をしましょう
       ↓
   イエスかノーで答えられるような質問をします
       ↓
   本を閉じたまま、ここだと思ったところをぱっと開きます
   そこにあるのがあなたの問いに対する答えです」

 つまり、そういう本である。悩みなどを思い浮かべながら、本の適当なページを開く。すると、そこにアドバイスみたいなものが書かれているというわけだ。
 僕には悩みはないわけであり、加えて、こういった占いめいたものは全く信じないので、この本は不必要なわけだが、暇つぶしにと思ってやってみたのだった。

 まず、両手で本を持って、深呼吸をするのである。そして、イエスかノーで答えられる質問をする。

 「ずっと平和な毎日が続きますか」

 で、本を開く。そこに、答えがあるのである。

 「お茶の葉は卵型になっています。成功は前向きな考え方から」

 お茶の葉が卵型になっているからどうなのかは知らないが、ポジティブに生きれば平和が続くのだそうだ。

 また、質問をしてみた。

 「仕事はうまくいきますか?」

 で、本を開く。

 「水瓶座の星は別のやり方を考えてみるようにいっています」

 転職を勧められてしまった。やっぱり向いていないのか、この仕事は。水瓶座の星は僕のことを見抜いている。

 質問だ。

 「ずっと健康でいられますか?」

 本を開くと、答えがあるのである。

 「サイキックは、細かい点を見過ごすなといっています」

 そうか、細かく健康管理に注意すれば健康でいられるのだそうだ。サイキックがそう言っているのだそうだ。

 で、そのサイキックってのは誰だ。

 いきなり登場してきたサイキックなどという者の言うことを、安易に信じていいのだろうか。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 ひどく悩んでいる者がいたのだった。
 毎日がつまらなく、何も起こらず、こんな生活を続けるのなら死んでしまったほうがいいのではないかと考えているのである。彼は、唯一の友人のそのことを相談した。

 友人は、彼にこうアドバイスした。

 「ま、お前も大変だよな。あ、吉祥寺健史が言ってたけど、お前、細かい点を見過ごさないほうがいいらしいよ」

 その吉祥寺健史って奴は誰だ。そんな奴の言うことを誰が信じるんだ。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 サイキックは、僕のことを本当に考えてそう言ってくれているのだろうか。信じていいのだろうか。忠告に従っていいのだろうか。

 そんな悩みを抱えた時の『魔法の杖』である。僕にはこの本がついているのだった。

 深呼吸をして、質問をするのである。

 「サイキックさんの言うことを信じていいのでしょうか」

 で、ここだと思ったページを開く。

 「サイキックが、遠い親戚に相談しては、といっています」

 本人から回答が来た。そして、本人は匙を投げている。僕はサイキックに尋ねているのであって、遠い親戚に尋ねているのではないのである。どうなっているんだ。

 もう一度同じことを訊いてみた。

 ページを開く。

 「サイキックは、今日がもし金曜なら、答えはイエスだと言っています」

 残念ながら、日付が変わって、今日は土曜なのだった。
 なんだかもやもやするので、最後にもう一度だけ同じことを尋ねてみた。

 本を開く。

 「サイキックからの答えは単純明快。ノー、です」

 そう断言されても困る。何のため登場してきたんだ。

 サイキックの言うことは信用できないらしい。サイキック当人がそう言っているのだから、そうに違いないのだ。なんて出鱈目な奴だ。

 僕は、サイキックに別れを告げることにした。

 「もうサイキックの言うことは信じません。いいですか」

 本を開く。

 「サイキックはこう答えています。あなたがそれで満足なら、そうしなさい」

 さよなら、サイキック。


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