突然何を言う

 『愛に関する短いフィルム』という映画を観た。
 一人の青年(トメク)は自分の部屋にある望遠鏡で、向かい側のマンションに住んでいる女性(マグダ)の部屋を毎日覗き込んでいた。ある日、彼はその女性が恋人と喧嘩し、一人で泣いているのを目撃する。彼は、彼女をなんとか助けてあげたいと思い、彼女と直接コンタクトを取り、私生活を覗き見ていたことを正直に話した上で、二人で会う約束を取り付けた。彼は「愛は存在する。僕はあなたを愛している」と言うが、彼女は「そんなものは幻想だ。愛とは性的欲求のことだ」と真っ向から反論する。やがて、彼女のひとつのひどい行為により、彼は深く傷付けられ、その場から逃げ出して、自宅で手首を切ってしまう。
 彼が自殺を図ったとは知らない彼女だが、彼に悪いことをしたと深く反省し、いても立ってもいられなくなり、彼の部屋を訪れる。
 「彼は外出ですか?」彼女の質問に対して、彼と同居していた育ての母親は「いや、病院だ」と答える。
 「一体、何があったの?」と彼女は訊く。そこで、育ての母親はこう答えたのだ。

 「恋の病です」

 なんだそれは。僕はこの台詞で笑ってしまったのだが、だって仕方ないじゃないか。それまで真摯で真面目なリアリズムの姿勢で進行して来たのに、ここに来て「恋の病」などというファンタジックな飛び道具を持ち出されても困るのだ。

 こういった「なんだそりゃ」と我々を呆然とさせる言葉は、あまりにも突然に訪れる。
 僕がいまだに強烈な印象として覚えているのは、ヴィルトル・ユゴー著『レ・ミゼラブル』におけるワンシーンだ。
 それはトロミエスという人物が酔った勢いで大演説をする場面だった。彼は大して重要な人物ではなく、第1部第3章にしか出てこないのだが、ファンチーヌという女性を不幸のどん底に突き落とし、物語が始まる契機を作る役割を果たしたという意味では、なくてはならない存在なのである。
 しかし、それにしてもトロミエスの演説はどうでもいいものなのであった。彼は酔っているので、当然に話の脈絡などありはしないし、たとえあったとしても、読者はここを読み飛ばしたからといって、物語がわからなくなるということもない。彼は、ユーモアが何だとか、歴史がどうしたとか、恋がどうだとかよくわからない話をずっと続けているのだが、さらによくわからないことを彼はさりげなく言うのだった。

 「美女は現行犯である」

 全く意味が不明だ。
 あまりにもわからなかったので、後日、僕は、「ローソンのバイトの子がかわいかった」という友人からのメールに対して、「美女は現行犯である」と返信してみた。もちろん、「意味がわからない」といった旨の言葉が返ってきた。
 このトロミエスは他にも、「君は美女発明の特許を取る資格がある」とか言っているのだが、一体それは何なのだろう。

 中学一年の頃のことだ。
 我々の学校では、秋に催される町の祭りのためにクラス単位で様々な山車を作るのだが、僕のクラスでは、なかなか何の山車を作るかのテーマが決まらなかった。ホームルームの際、あまりにも意見が出ないので、司会を務めていた学級委員が、「何でもいいから提案してください」と言った。
 すると、一人が突然に発言した。

 「ゴジてれシャトル!」

 「ゴジてれシャトル」とは地元で放送されている夕方の情報番組だが、それにしても意味がわからない。山車に「ゴジてれシャトル」とはどういうことだ。クラス中がそう思っていた。学級委員が「どういうこと?」と問うと、発言者は答えた。
 「だって、何でもいいって言ったから」
 なんだそりゃ。


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