罠にはまった。それは小さなコンビニエンスストアにて起こった。
僕はそのとき書店にいたのだが、本を眺めているうちにトイレに行きたくなってしまった。
本屋にいるとトイレに行きたくなるとよく言われる。原因は棚に並べられた本の威圧感によるとか、インクの匂いのためだとか推測されているが、そのときの僕の状態はそれに起因するものではなかっただろう。
その日はなんだか体調がおかしくて、かなりトイレが近い状態だったのだ。いくら用を足してもたりない。いつトイレに行き終わるのか。そう思いつつ書店に寄ったところ、また尿意に見舞われた、という事の成り行きであった。
いくら都会といえども、完全に便利であるというわけではないことを痛感させられる時がある。
そんな事態に僕は遭遇していた。トイレに行きたくなった時である。
トイレが必要になった時、近くに、しかも利用しやすい場所にトイレがあるという場合は意外にも少ないのではないか。肝心な時に限って、その店舗の中にトイレがあるということはそう多くはない。また、道を歩いていて必要な時にトイレを見掛けるということは、やはり少ない。
そういう場合はどうしたらいいのだろうか。
ここで我々は現代社会が生み出した産物の恩恵に与ることになる。コンビニエンスストアを利用するのだ。
だが、これは少し気が引ける部分がある。狭い店内に入り、ただトイレだけを利用してそのまま出ていくのは何だか悪い気がする。しかし、その時の僕にそんなことで躊躇している余裕はなかった。
その書店から少し離れた所にコンビニがあったのを僕は覚えていた。書店を出た僕は、余裕の表情を装いつつそこへ一目散に向かった。
店内に入ると、商品を物色しているふりをしながらトイレの場所を探した。僕は運良くそれをすぐに見つけることができた。
だが、その扉には貼り紙があった。
「トイレを御利用の際は店員に声をおかけください」
面倒だと思ったが、そうするより仕方ないのであり、それをしない限りトイレは利用できず、それまでは心の平穏は訪れないのであった。僕はレジの所にいた店員にその旨を伝え、許可を得ることに成功した。
扉を開けると、そこには洗面所というべき空間があり、その先にやっと実際のトイレがある。僕は洗面所を進んでいき、トイレのある扉に手をかけようとしたのだが、またしても貼り紙が目に付いた。
「御利用の際は必ず店員にお知らせください」
執拗なまでの要求。
どうしてトイレを使用するためにわざわざ声を掛けることをそんなにも強いるのか。
他のコンビニなどではトイレの利用はフリーにしているところもある。きっとここのコンビニは遅れているのだろう。頭の固いおっさんみたいなコンビニなのだろうと思い、特に気にも留めずに、というよりそんな余裕などなく扉の中へ駆け込んだ。
安息と安堵を得た後、僕は早く書店に戻ろうと努めた。そこに友人を待たせてあったのだ。
だが、そうはいかなくなってしまう事態がこの後、発覚してしまう。それは洗面所を出ようとしたときのことだ。
再び貼り紙が目に付いた。
「トイレのみの利用は御遠慮ください」
はめられた、と思った。
このままコンビニを出ることはできなくなってしまった。外へ出ようとした瞬間に、「お客様」と呼び止められるかもしれない。「トイレのみの利用はご遠慮ください、という貼り紙が見えなかったのですか」
僕はトイレから出た後、トイレのみを利用するために立ち寄ったなどというような素振りを見せないために、とりあえず立ち読みをした。
そして、店員が遠くへ行った隙を見計らって外へ出て、なんとか事無きを得たのだった。
なんて狡猾な、慈悲のかけらもないコンビニだったのだろう。
人を小馬鹿にしたように何度も同じ意味の貼り紙をした挙げ句、その果てにトイレのみの利用の禁止を告げる。本来ならそれは最初の扉に貼るべきものではないのか。というよりも、店内を注意書きだらけにすること自体が不愉快だ。
もう二度とあのコンビニには、緊急事態が発生したとき以外は立ち寄らないことだろう。