今すぐ風邪をひくためのたった一つのスマートな方法

風邪をひくことの難しさ

 風邪をひくのはなかなか難しい。と言うと、「馬鹿な、そんなことはない」という声が返ってきそうだが、その際はそいつに「じゃあ、今すぐひいてみてくれ」と言ってみるといい。彼は閉口するしかなくなるのである。
 従って、風邪をひくのはなかなか難しい。中には「そういう問題じゃなくて」と反論してくる者もいるだろうが、問題提起したのはこちら側なのだ。

風邪とは

 「風邪」というのは、病名ではない。正式には「風邪症候群」といい、つまり、原因は正確には分からないが、それなりの症状が出るもののことをそうまとめているのである。もちろん原因は何らかのウイルスなのであるが、その症状はせいぜいちょっと熱が上がるとか、のどが痛いとか、鼻水が出るとか、咳やくしゃみが出るとかというごく瑣末なものであり、命に別条はない為、いちいちその原因となるウイルスについて事細かに特定しないのだ。「どうやら風邪のようだ」と思って病院に行き、医師に「どうやら風邪のようなんですが」と告げても、ろくな診察もせずに「どうやら風邪のようですね」と分かりきった診断を下し、「お薬出しときますから」と訳のわからない薬を無造作に押し付けてくるのはそのためだ。医師もよくわかっていないのである。

インフルエンザとの違い

 風邪によく似た症状を呈するものとしてインフルエンザが挙げられるが、これは場合によっては死に至ることもあるので、似てはいるものの風邪症候群に束ねたりせず、きちんとインフルエンザウイルスという原因を突き止め、しかるべき治療を施すことになっている。従って、「どうやらインフルエンザのようだ」と思って病院に行った場合は、風邪の場合とは少し異なる。医師はインフルエンザウイルスを我々の体内から見つけるべく、身を乗り出して診察するのであり、本当にインフルエンザであった場合は「あなたはインフルエンザだ」と強く断定し、しかるべき処置を手厚く、なるべく医療費がかかるように施すのである。もちろん、インフルエンザではなかった場合は、「どうやら風邪のようですね」と語尾を弱めながら、適当な薬を処方してあしらわれる。その場合、観察力があり感受性豊かな者であれば、そこに「私はインフルエンザであることを願っていたのだが」という医師のニュアンスを感じ取ることができるだろう。
 将来、人類の免疫力が強度を増し、インフルエンザウイルスなどでは死に至ることがなくなれば、インフルエンザという病名は雲散霧消し、風邪症候群の中に取り込まれることもあり得るし、逆に、風邪と思われたが、熱が上がりすぎて額から火が出たとか、のどが痛みすぎて破裂してしまったとか、鼻水が出すぎて脱水症状になったとか、咳やくしゃみをしたついでに内臓が口から飛び出たとかいう症状が出れば、それは風邪症候群からは隔離され、研究の末に、新たな病名を付せられることになるであろう。  つまり、風邪とはかなり曖昧なものなのである。

風邪の実践

 そうとわかれば、冒頭で「風邪をひくのはなかなか難しい」と書いたが、風邪をひくのを容易にする手段が自ずと見えてくる。そう、病院に行くのである。
 「風邪をひきたいな」と思ったら、その足で直ちに病院に向かう。間違っていけないのは、病院へ向かっている最中は、我々はまだ風邪をひいていないということである。病院に着いたら、受付で「ここは風邪の診察はやっていますか」と訊いてみる。もちろん、我々は産婦人科専門の病院に行ったのではなく、入念に下調べをした上で、内科の存在する病院を確認し、そこに足を踏み入れたわけであるから、いちいちそんなことを訊くのは馬鹿げていると思われるかもしれないが、我々は「まだ風邪をひいていない」のであるから、「今日はどうされましたか」との看護師の問いに、堂々と「風邪です」と答えるのはデリカシーに欠けるというものであろう。理想の流れとしては、「ここは風邪の診察はやっていますか」「やってますよ。風邪なんですね、掛けてお待ち下さい」となるのがいいが、「ここは風邪の診察はやっていますか」「やってますよ。で、今日はどうされましたか」と先手を打ったにも関わらず燕返しに遭う可能性も十分にあるが、それはそれで構わない。「まだ風邪をひいていないが、これから風邪をひくのだ」という意識を自らに保ち続けることが肝要なのである。ちなみに、その質問には「風邪ですかねぇ」と答えるのが無難であり、正解ではないものの、最も正解に近い。「まだ風邪をひいていない」ので、正解はないのである。体温を計らされたり、問診票を書かされたりするであろうが、現在の状態をありのままに記述すればよい。「風邪の診察をお願いしたい」と一言添えれば、話はスムーズに進むであろう。
 診察室に入ればこっちのものだ、と考えるのは迂闊である。私は以前、風邪の診察をしてもらうつもりが、風邪薬ではなく精神安定剤を処方されてしまったことがある。別にそれはそれで構わないものの、我々は風邪をひきに来たのだから、きちんと「どうやら風邪のようですね」と診断してもらい、しかるべき薬を貰って帰るのが本来の目的に適っているし、達成感もひとしおであろう。別に薬なんていらないのだが、滅多に貰えるものではないので、記念品としてもらって帰るのが良いだろう。
 前述の通り、現在の医学はその労力を風邪のためには殆ど支払っていないので、診察の際、咳込む演技をしたり、怠そうな振りをしたりする必要は全くない。そういった大袈裟な演出はスマートさを欠く。我々がすべき手段はたったひとつであり、それは医師にそれとなく「風邪」という言葉をちらつかせておくことである。そうすれば、医師もそれに取り込まれて大体は「どうやら風邪のようですね」とよくわからないままに診断してくれるのである。また、初心者においては、マスクを着用して行くことをおすすめする。マスクというのは現在、殆ど風邪の記号と化しているのであり、これを使わない手はない。

それを「風邪症候群症候群」と名付けたい

 こうして晴れて我々は風邪をひくことができたわけである。医者がそう診断したのだから間違いないし、その効力は公にまで及ぶ。
 間違っていけないのは、学校を欠席するだの、約束をキャンセルするだのする為に風邪をひくのは、本来の目的からかなり逸脱した行為であるということである。我々は「そうだ、風邪をひこう」と風邪をひいたのであり、「そうだ、会社を休もう」と風邪をひいたのではないからである。そうやって風邪を悪用すると、風邪なんてひきたくない時に風邪をひいてしまったりすることが大いに観察されると、日本風邪症候群研究会と日本仮病調査学会との合同調査によって明らかになっている。もちろん、出勤しなければならないにも関わらず、「風邪をひくためにどうしても風邪をひきたい」との純粋な意志によってそれを行うのであれば、この限りではない。「病院に行ってきます」と電話で上司に告げればいい。後ろめたいことは何もない。
 お気づきかもしれないが、「そうだ、風邪をひこう」と風邪をひくことは、本来あり得べき風邪の様態ではない。本来の風邪というのは、「どうやら風邪のようだ」と思って病院に行き、「どうやら風邪のようですね」と診断され、勝ち取るものだからである。だからといって、「そうだ、風邪をひこう」と風邪をひくことは、決して邪なことではない。新しい風邪の形がここに出現したというだけのことである。私はこれを風邪症候群から発展したものとして、「風邪症候群症候群」と名付けたい。スローガンは当然に「そうだ、風邪をひこう」である。

風邪のコスト

 ライオン株式会社が2011年に行った調査によれば、「あなたがかぜをひいた時、損したと思う金額はいくらですか」という質問に対して、全国20代〜50代の男女有職者1,000人は、平均21,720円と回答したらしい。内訳としては、欠勤した日の日給、仕事や家事の効率低下、薬の購入代とその手間、などが挙げられたようだ。これが高いか安いかは別として、逆に言えば、21,720円を支払いさえすれば心置きなく風邪をひくことができるのである。その内訳は、医者に手渡す協力費と、残りは風邪と自らの風邪への探究心の為に支払われる。


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