地面に埋まっていく人
散歩していた。よく晴れた日だった。
初めて通る公園で、一人の男が埋まっていた。直立の状態で、太ももの辺りまで土に埋没していた。男は公園の木やら鳥やらを見ていたのかもしれない、男を凝視する僕の視線に気付いていないか、無関心だった。
男に気付いているのかいないのか、通りすがる人たちはそのまま通り過ぎ、子供たちは時折彼のそばまで近づいて、走ったり、ボールを蹴ったりしている。
すいません、と、いてもたってもいられずに僕は声を掛けた。
「何ですか?」と、男は僕のほうに顔を向ける。
「どうかされました?」
「いや、特には」
「だって、足元が」
「ああ、これね」と男はやや軽快に、淡々と話す。いや、だんだん埋まってるなって感覚はあったんです。足取りがいつからか重くなって、足元を見ると、少しだけ足が地面に埋まってる。その少しが、だんだんもっと埋まるようになってきて、ついに、ここを歩いている時に身動きが取れなくなったんです。で、この有り様ですよ。今でもどんどん埋まっていっています。
何回も同じ説明を繰り返してきたのかもしれないし、もはやどうでもよくなっているのかもしれない。子供たちは、我々の近くではしゃぎまわっている。
「抜けられないんですか?」
「それがどうも…、できないんです」
「そうなんですか…」
そのまま「それでは」と去るのも気が引けたし、男を助けてやろうという気にもなれなかった。
たまたま警察官が通りかかったので、事情を話した。
「そうですか…」
「……」
「……」
「……」
「それで?」警察官の温度のない声。
「それでっていうか、助けられないかなと思って」
「助けるというか、自然と埋まっていったんですよね。じゃあ、仕方ないですよ」
「はい?」
「彼は、埋まるべくして埋まっていったんですよ。仕方ないじゃないですか。埋まっていくにしかるべき人間だったということです」
「でも、助けてあげたほうがいいんじゃないんですか?」
「だから、彼は埋まるべき存在なんです。そのほうがいいから埋まっていったんです。神様か誰かがそう決めたんですよ。私にそれを妨げる権利はありません。誰かに埋められたというならともかく、自ら埋まっていったんですから。助けたいなら、あなた、どうぞ」
そうは言われても、困った。警察官がそそくさと去り、日が暮れ始め、お腹がすいてきたので、僕もその場を去った。子供たちも誰もいなくなった公園で、男は埋まったままで、木か鳥を見ていた。
時々、その公園を通ると、男はいた。日を追うごとにどんどん埋まっていく。通行人は誰も気にかけずに通り過ぎていく。彼らは彼らで忙しいのだろう。
結局、僕は男を助けることなく、ついに男は公園から姿を消した。つまり、頭まで完全に埋まってしまった。
彼がいなくなった公園は、何もかもがいつも通りだった。男の姿だけがなかったが、初めからいたのかどうかすらも、よくわからなくなっていた。いてもいなくてもどちらでも良かったのかもしれない。鳥が、木から木へとばたばたと飛び回る。日差しが強い。
子供たちは、男が埋まっていったその上でいつものようにぎゃあぎゃあと戯れに興じる。誰も、彼の話などすることもない。風が少し吹いて、地面の砂を弄ぶ。埋まっていようがいまいが、きっと誰にも関係ない。男がどこかで生きていようがいまいが、どうでもいいことなのだ。
僕の毎日も全く変わりなく過ぎていく。少し空腹を感じたので、家路に着く。