亡くなったということはもちろん、その存在すら知らなかったのだが、友人Kに「お通夜に行かないか」と誘われて、初めて誰かが亡くなったのだと知った。だが、「行かないか」と言われても、その故人が誰なのか僕は全くわからない。
「知り合いなのか?」
「いや、全く知らない」
会ったことも、見かけたこともたぶんないと、Kは当然だという態度で淡々と答える。故人は、Kとは何の関係もない人らしい。
「じゃあ、何で」
「だって、亡くなったんだろ。お通夜に行かなきゃだめだろ」
「でも、関係ない人なんだろ」
「そうだ」
「じゃあ……」
「いいか。一人の人間が亡くなったんだぞ。今まで何のお構いも、お話すらすることもなかったんだ。せめてお通夜くらいは参列するのが礼儀ってもんだろ」
そういう礼儀があるのかどうかは知らなかったが、「どうしても」と言うので、一緒にお通夜に行くことにした。
お通夜には、それなりの人が集まった。故人は、信頼に厚い人だったのかもしれない。一般的なお通夜にどれだけの人が集まるのかは知らないが、それでも人はたくさんいた。
会場に着く前、Kに香典について尋ねたのだった。全く関わりのない人に対する香典の金額がわからなかったのだ。
「そんなもの、包まないよ」
やはり、Kは堂々と言う。
「でも、お前、持ってるじゃないか」
Kが「御霊前」と書かれた包み紙を持参しているのを僕は見逃していなかった。
「ああ、これか。これ、中身は空っぽだ」
「つまり、お金は入っていない……」
「そう。ちなみに、この香典袋、コンビニで万引きしたやつだ」
ハッハッハと笑いながら言う。彼が何を考えているのかわからなかったが、「Kがそうするなら」と香典は包まずに、袋だけを受付で差し出した。ちなみに、僕は万引きはしていない。
それを渡す際、Kは本当に悲しそうな表情と声色で「ご愁傷様です」と口にしていた。
儀式中、式場内の殆どの人が涙しているようだったが、Kも例外ではなかった。うつむいて、嗚咽を堪えているようだった。僕も嗚咽しなければならないのかと思ったが、どう頑張ってもそういう状態にはならなかったので、仕方なく、うつむいていた。
皆と同じ動作で焼香し、うつむきながら、僧侶の難解な言葉たちに耳を傾けていたが、それはそれで退屈だった。
式場を後にしながら、Kは「本当に惜しい人を亡くしたよ」などと言っている。
故人について知っているのかと再び訊いてみるが、「全く知らない」と間髪を入れずに返ってくる。
「じゃあ、何で泣いてたんだ」
「そりゃ、お通夜だからな。泣くだろ。お前も泣いてたじゃないか」
僕は泣いていない。だが、反論する気もなかったので「ああ」とだけ口にした。
同じ方向に歩いている2人組の参列者が話しているのが聞こえた。
「隣町の柱谷さん、亡くなったみたいですよ。お通夜は明日みたいです」
「そうか、明日もだな。場所、確認しておけよ」
「わかりました」
それがKにも聞こえたらしく、その2人組のもとに駆け寄り、何やら話している。打ち合わせのような雰囲気だ。
戻ってきたKは、早速、明日のことについて口を開く。
僕は、喪服に身を包みながら、何で喪服を着ているのだろうと自分に問い、明日のことについて考える。
「その柱谷って人、お前、知ってるのか」
一応、訊いてみた。当たり前だという口調で「知らない」と返ってきた。
