ものぐさのためのアカハライモリ飼育講座

0 序文

 ペットを飼うことを諦めようとしている者、或いは、自分はペットを飼う資格などないのではないかと考えている者にこそ、イモリはおすすめである。あるウェブサイトに「アカハライモリの飼育は、観葉植物を育てることより易しい」と書いてあるのを見かけたが、これは決して大げさな表現ではない。それほどイモリをペットとして導入し、飼育し続け、愛で続けることは容易いことなのである。
 概ねこれからペットを飼おうとしている者は、例えば犬を飼おうとしている者ならば、「犬とは何か」と考えるところから全てが始まる。要するに、犬をペットとし、共に過ごす生活を想像しさえすればいいのである。その作業を通じて、犬を飼うためにはどのような手続きが必要か、どのような設備が必要か、予算は足りるか、犬と過ごすことでどれだけ生活が豊かになるか、また、どれだけの手間がかかるかを考慮した後、それでも犬を飼うのだと覚悟を決めた者だけが、犬を飼うのである。
 もちろん、アカハライモリを飼おうとしている者についても、この作業は避けて通れない。しかしながら、イモリを飼う際は、「イモリとは何か」と考える前に、ひとつ大事な手続きを要する。つまり、「どれがイモリか」という問いに答えることである。

1 どれがイモリか

 イモリを飼い始めてかれこれもう8年になるが、その間、「何かペット飼ってますか」と訊かれることが何度かあった。他愛ない会話の流れで動物の話題になってのことである。「イモリ飼ってますよ」と僕は答えるのだが、相手は、「え、イモリ? イモリって爬虫類ですよね?」と言ってくるのだ。
 そう、ヤモリである。ヤモリと間違えているのだ。人は、殆どイモリとヤモリを混同している。僕が「イモリ飼ってます」と言って、「イモリって、カエルと同じ両生類で、田んぼとかによくいて、お腹が赤いやつですよね。イモリ飼ってるなんて素敵な人ですね、抱きしめてください」と言われたことは一度もないから、人がイモリとヤモリを間違えている確率は、独自の統計によれば100%である。
 まずはこの誤解を是正してからイモリを飼ったほうがいいであろう。この手続きを踏み飛ばしてイモリを飼い始めてしまった場合、たとえ完璧な飼育装置において、手抜かりなく世話をし、水槽の中のイモリがどれだけ生き生きと過ごしていたとしても、その飼育者は、ヤモリを飼っているつもりでイモリを飼っていることになるのである。それは決して悪いことではないであろうが、できればイモリを飼っているという確固たる信念のもとでイモリを飼ったほうがいいように思う。そうすることによって、「イモリを飼ってるんだぞ」と胸を張って周囲に喧伝することが可能になるし、飼われているイモリにとっても、自分はイモリを飼われるべくしてイモリとして飼われているんだと、幾許かの安心が生まれ、信頼関係が円滑に構築されるであろう。
 イモリは水辺に生息する両生類である。それに対し、ヤモリは陸上に生活する爬虫類である。こう記述すると違いは明らかであるが、いざ区別するとなるとなかなか難しいらしい。これにはとっておきの覚え方がある。それぞれの語源を辿るのである。すなわち、イモリは水のある井戸を守るので「井守」、ヤモリは民家周辺に住み、家を守るので「屋守」だ。
 僕もイモリに興味を持つ直前は、そもそもイモリという存在自体を殆ど知らなかったのであり、つまり、それは誰しもが乗り越える通過儀礼のようなものであって、経験を積めば、そのうち「あれがイモリだ」と指差すこともできるようになるであろうから、過剰な心配は無用である。「どれがイモリか」という問いに答えることは、他のどの試験よりも易しい。
 ちなみに、イモリにも様々な種類が存在するのだが、日本固有の種であるアカハライモリが最も飼いやすい。従って、この文中のイモリというのは、アカハライモリを指していると考えてもらって差し支えない。

2 なぜイモリか

 イモリは、あまりメジャーな生き物とは言えないし、まして、ペットとしてはかなりマイナーな部類に属する。珍しい動物というわけではなく、むしろ、かつては我々の生活に密着していたようなのだが、現在では、彼らの生息場所が少なくなりつつあるのである。このままでは絶滅してしまうかもしれないとさえ言われている。そのような事情もあり、人はまずイモリを知らないし、知っていたとしても好意を抱くことはかなり少なく、好意を抱いたとしてもペットにするという発想はなかなか出てこない。
 何か動物を飼いたいが、世話が面倒だろうという理由で諦めつつある人はかなりいる。しかしながら、イモリはその例外のうちのひとつである。かなりものぐさな人でも、イモリなら飼える。僕がイモリを飼い始めたのは、冒頭でも述べた通り、とあるウェブサイトに「イモリの飼育は観葉植物を育てるよりも簡単だ」と書いてあるのを見たことに起因するのだが、実際に飼ってみて、本当にその通りだった。かなりの面倒臭がりであると自認するが、それでさえ、うちのイモリは8年間も生き永らえている。その間、植物は幾度となく枯らしていたというのにである。加えて、かなり安価に入手できる点も魅力のひとつである。
 問題は、飼育者がイモリに対して好意を抱くかどうかである。これは大きな壁である。だいたいの場合、拒絶反応を起こす。これは生理的な問題であって、どうすることもできないのであり、従って、次のように高らかに宣言したからといってどうなるわけでもないのだが、敢えて言おう。
 イモリは可愛い。
 円らな瞳、のそのそとした動き、地域や固体によって異なる腹の色と模様、何を考えているのかわからない雰囲気、馬鹿っぽい感じ。どれをとっても魅力的である。

3 飼育するにあたって必要なもの

▼イモリ
 まず、イモリを入手しなければ、イモリを飼うことはできない。その方法については、大きく分けて3通りある。
  @ペットショップにて購入する
  Aその辺で捕獲する
  B友人などから譲り受ける
 当然ながら、@が最も確実で迅速な方法である。あまり知られていないことのようだが、アクアリウムコーナーがあるペットショップなら、大抵の場合、300円くらいで売られている。ホームセンター内のペットショップでもよく見かけるので、入手するのに難儀することはそうそうないであろうと思われる。
 Aについては、僕は野生のイモリというものを見たことがないので何とも言えないのだが、見つけた際の感動はひとしおであろうと想像する。最も困難であろうと思われるのがBである。現在、イモリの飼育人口はかなり少ないと予想されるのだが、それでも、たまたま飼っている人からそれを譲り受けることができた際には、その人との関係を深めることができるであろうし、何かトラブルがあった時にはアドバイスを請うこともできる。

▼水槽
 水を張ることができ、蓋ができるものでさえあれば、何でも良い。僕は飼い始めた当初は、ホームセンターで買ってきた米びつで飼っていた。

▼底砂
 なくてもいいのだが、水質を安定させておくにはあったほうがいい。プランクトンの住処になるためだ。つまり、頻繁に掃除や水換えをするのは面倒だという者には、必須である。熱帯魚用などのさらさらしすぎたものよりは、ある程度、粒の粗いもののほうがいい。カメ用のものが市販されているので、それで問題ない。

▼濾過装置
 これがあることによって、水質がかなり安定し、水換えや掃除の頻度が少なくて済むようになるので、底砂と併せて是非とも導入したい。投げ込み式の「水作エイト」の小さい物で充分である。魚を飼う際に良く用いられる上部式は、蓋ができなくなるのでおすすめできない。「水作エイト」などの投げ込み式濾過装置は、エアポンプも同時に用意しないと機能しないので注意が必要だ。

▼陸場
 できるだけ水槽に水を多く入れれば、その分、水質の劣化を緩やかなものにすることができる。イモリを飼うには呼吸のために陸場が必要だが、底砂を用いて陸場を作ろうとすると、どうしても水の量が少なくなり、頻繁に掃除をしなければならなくなってしまう。そこで、市販のカメ用の浮島を水槽に浮かべておくことをおすすめする。別に、浮島でなくても良いが、陸場は必須だ。イモリを溺れさせないためのものなので、あまり広くなくても良い。

▼バクテリア濃縮液と水質を安定させるもの
 ここに列挙した物の中では最もなくてもいい道具だが、やはりものぐさにとっては必須アイテムである。上記濾過装置と併用することによって、掃除の手間が劇的に省ける。これさえ水槽に定期的に添加していれば、掃除など殆どしなくてもいいとみなしても過言ではないのである。バクテリア濃縮液はどのメーカーのものでもたいした違いはないと思われる。水質を安定させるものは、かなり漠然とした書き方になってしまったが、Zicraというメーカーから出ているものが殆どのペットショップで大プッシュされているので、それを使えばいいだろう。「中型魚向け」というものか「FISHDANCE」というものが、効果が高いと思われる。また、僕はあまり使ったことはないのだが、上記とは別にコケ防止剤も導入すれば完璧である。

▼餌
 イモリを飼育することの最も手軽な点のひとつに、餌が挙げられる。おおよその両生類や爬虫類は活餌しか受け付けないことが多い。生きたコオロギやワーム以外は餌とみなされずに、食べてくれないのである。従って、両生類や爬虫類と同時に、それらの餌のための虫も同時に飼育することとなる。しかしながら、イモリは例外である。イモリは何でも食べる。市販の乾燥アカムシ、乾燥イトミミズ、ナマズの餌、鳥などのレバー等、生きたものでなくても、ガンガン食べてくれるのである。個人的なおすすめは、冷凍アカムシである。読んで字の如く、アカムシを小分けして冷凍したものだ。私見で言うと、これが最も食いつきがよい。自然解凍させてから、ピンセットで与える。直接与えてもいいが、水槽内にばら撒いておけば勝手に探して勝手に食べる。

4 水槽の設置〜イモリの投入

 @底砂を水で軽く洗い、水槽へ敷き詰める。水槽の底が見えてしまうほど少なくては困るが、多い分には構わない。バクテリアの住処となり、糞やエサの食べ残しの能力が上がるからである。底から1〜2cmくらいがベストだろうか。
 A水槽に水を入れる。多めで良い。水道水を直接入れても構わないが、その場合、カルキ抜きのために1〜2日程度放置しておく必要がある。もちろん、ペットショップにて販売されているカルキ抜きを用いても構わない。
 B濾過装置を設置し、浮島を浮かべる。
 Cイモリ投入。水の中に「ジャボン」と入れるよりは、陸場に乗せてあげるほうが優しい。

5 最も注意すべき点

 イモリの飼育にあたって最も注意すべき点は、過保護と脱走である。
 前者については、つまり、世話をしすぎてはいけないということだ。意外なことかもしれないが、飼育されたイモリの死因で最も多いのが、「餌の与えすぎ」なのである。飼い始めの頃は構ってあげたくてついつい餌を与えすぎてしまうかもしれないが、そうすることによって、イモリは消化不良を起こし、突然死してしまうこともある。イモリは馬鹿者なので、与えた分だけ食べてしまうのである。イモリは代謝が非常に低く、気温が4度以下では何も食べなくても1年以上は生きるのだそうである。従って、我々は過保護になる必要は全くなく、むしろ、ほったらかしがちょうどいいくらいなのだ。基準量を示しておくと、2〜3日に一度、イモリの頭の大きさくらいを与えるくらいでいいそうだが、それより少なくても問題はない。
 後者、すなわち、脱走だが、これには本当に気を付けなければならない。イモリは脱走の達人であり、水槽の壁をよじ登り、隙間があれば、いつの間にかそこから外へ出て、行方不明になっている。僅かな隙間でも、である。僕も、3度ほど脱走を許してしまったことがあるが、1度目は部屋の隅で埃まみれになっているところを発見し、2度目は部屋を横断しているところを発見し、それから7年越しの脱走で遂に部屋の物陰で干からびて死に至った。そんな可哀想なことにならないためにも、脱走には用心したほうがいいだろう。

6 その他の注意点

 また、イモリの腹は鮮やかに赤いが、これは警戒色というやつで、「毒を持っているぞ」と捕食者に知らしめるためのものなのである。そう、イモリは毒をもっている。しかも、フグの毒と同じテトロドトキシンだ。しかし、心配することは全くない。その毒は微弱なものであり、人体には影響はない。触った後には一応、手洗いをしておくに越したことはない。
 水槽の掃除は、たいていの手引書には最低1週間に一度と書いてあるが、そんなことはない。汚くなってきたなと思ったらすればいいのである。濾過装置を起動させ、底砂を敷き、「バクテリア濃縮液」と「水質を安定させるもの」を定期的に添加していれば、そうそう汚れることはない。1週間に一度、水を1/3くらい交換すればよっぽど水槽内は清潔に保たれるだろうが、しなくてもいい。現実に僕はしていないし、水槽の掃除も半年に1度くらい気が向いたらしているのみである。日向に水槽を置いておくと苔で汚れるので、部屋の中でもあまり日の当たらない場所に置くのがよい。
 全国に生息する日本固有の種であるので、基本的に常温管理で構わない。ヒーターなどが特に必要なく飼育することができる点も、イモリ飼育の座敷の低さのひとつであろう。冬は動きが鈍くなるが、冬眠したところは一度も見たことがない。ただ、餌は控えめにしたほうがいい。2週間に一度とか、1ヶ月に一度とか、それくらい極端に減らしても大丈夫だ。イモリは寒さには強いが、暑さには弱いようだ。一般に水温が30度を超え続けると危ないと言われているが、そんなに神経質になる必要はないのではないかと思う。たまに氷でも浮かべておく程度のことはしても良い。ちなみに僕が夏季休暇に家を空けた際は、念のための高温対策として、水槽ごと冷蔵庫に入れておいた。
 つがいにしていると、春先に卵が確認できることがある。イモリは馬鹿野郎なので、自分で生んだ卵を自分で食べてしまうことが、かなりの確率である。従って、卵を発見したら、隔離して孵化させてもいいし、そのままにして餌としても良い。
 イモリは鳴かないので、安眠を妨げられることも、近隣住民の迷惑になることもない。
 つまり、飼育する際のコツは、ひとことで言ってしまえば、ほったらかしにすることである。たとえ飼育者が数週間、出張や旅行のために家を空けなければならなくなったとしても、何の心配もいらないのだ。

7 イモリとは何か

 イモリを飼うことは、退屈なことである。奴らは、愛想はないし、サービス精神もない。熱帯魚のように見た目が綺麗なわけでもない。この文章は、言ってみれば、退屈なペットであるイモリを、あらゆる手間を省いてさらに退屈に飼育するための手引きであり、その楽しみ方までに責任を持つものではないのである。ただひとつ言えることは、イモリは、脱走しない限り、いつでもそばにいるということである。10〜20年は生きるらしいので、長い付き合いになるだろう。

 なんとなくイモリを飼い始め、なんか退屈だなと思ったらイモリがそこにいて、退屈だからとイモリを眺め、気付いたら30分くらい経ち、ああ退屈だったなと思うことができれば、まさにイモリを飼っているとみなすことができよう。

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