『ナショナル・ジオグラフィック 日本版』からの報告と考察

アルメニアの悲劇と復興(2004年3月号)

 高校時代に、「掃除機を今の形にしたのスウェーデン人なんだよなぁ〜、ヴヴヴヴヴヴゥゥゥゥーーーン」と言っていた社会科教師がいたが、我々生徒は、彼の雑学の豊富さに驚愕するというよりは、「どこでそんなネタ発掘してきたんだよ」といった感慨を彼に対して覚えていた。
 無知の状態から「掃除機を今の形にしたのがスウェーデン人である」ことを知るためには、まず「掃除機を今の形にしたのがスウェーデン人である」という情報を掴まなければならない。その瞬間が、我々と「掃除機を今の形にしたのがスウェーデン人である」という情報との感動的な出会いであり、ファーストコンタクトなのである。しかしながら、言うまでもなく、なかなか出会うことはできない。現代は情報化社会であると指摘されて久しいが、「掃除機を今の形にしたのがスウェーデン人である」という情報を易々と入手できるほどまでは、まだ成熟していないのである。
 では、こちらから会いに出かければいいのかというと、そういうわけにもいかない。積極的に会いに行くためには、「掃除機を今の形にしたのは、一体どこのやつなんだ」という疑問を持たなければならないからである。これは常人が簡単になせる業ではない。無の状態から疑問を立てることほど難しいことはないし、増して、「掃除機を今の形にしたのは、一体どこのやつなんだ」などという疑問などは普通に生活していて浮かぶわけがないからである。
 よって、「掃除機を今の形にしたのがスウェーデン人である」という知識は、どこから来たのかもわからないし、それが我々に伝達されたからといってどうすればいいのかわからないという意味で、どこに行くのかすらもわからない。言ってみれば、「情報の難民」である。ただ、「磁気共鳴画像装置(MRI)や整形手術、水と湯を一つの蛇口から出す混合水栓の発明者はアルメニア人である」という情報を僕は入手したが、これがどこからもたらされた情報なのかははっきりとしている。「ナショナル・ジオグラフィックス日本版2004年3月号」である。しかしながら、「だから何なんだ」と言われればそれまでであるという意味で、この情報もどこに行くのかわからないのである。
 この「情報の難民」という考え方と、侵略の繰り返しである悲劇のアルメニア史を重ね合わせると、より一層感慨深いという説もある。

米国ソルトン湖の危機(2005年2月号)

 アメリカはカリフォルニア州にあるソルトン湖の汚染が深刻である。砂漠のど真ん中に位置し、遠くから眺めれば美しい湖なのだが、実際には、魚の骨や死骸が折り重なり、水は黒く淀み、硫黄のような不快な臭いが鼻をつくらしい。
 「私にとって、ここで泳ぐことは、とても大きな意味を持つ」と、たぶんその記事を書いたジョエル・K・ボーン, Jrは言っている。「儀式のようなもので、罪を償うためともいえる」
 彼がソルトン湖に負い目を感じているのは、以前住んでいたサンディエゴが2003年の「水売却契約」により、湖への水の供給を減らしてしまったからだ。水のおかげでサンディエゴの開発が進むが、湖に流れ込む水量は20%減少し、塩分濃度が高くなってしまう。湖にとって、かなり深刻な事態である。
 「だから、私はこの湖で泳ぐのだ」と、ジョエル・K・ボーン, Jrは改めて宣言する。
 そして、こう続けた。

  「でも、今、この場所で泳ぐつもりはない」

 泳げよ。

進化の証明(2004年11月号)

 キリンは首である。キリンと言われれば、間違いなく我々はあの首を思い浮かべ、動物園に行ってキリンを見かければ、首ばかりを見ている。なぜなら、キリンは首だからである。それは今に始まったことではなく、キリンが発見されてからずっとそうだったことはほぼ確実であろう。恐らく最初にキリンを見かけた者は、「あ、首だ」と思わず漏らしたに違いないし、いつの時代でもキリンの前では「この首がねぇ」「そうそうこの首なんだよ」「首だなぁ」という台詞が乱舞している。あの首以外にキリンには価値がないと人類全てが思っていた。そこに登場し、我々の価値観にコペルニクス的転回をもたらしたのがダーウィンである。
 ダーウィンは驚くべきことにキリンの首ではなく、「ハエたたき」のような尻尾に注目し、これがキリンの生存に役に立っていると考えたのである。「そんな馬鹿な」と誰もが思った。「あの首をもっと見ろよ」だとか「キリンに失礼だぞ」だとか散々に非難され、挙げ句の果てには、「お前に尻尾があるからそんな発想が思い付くんじゃないのか」などと嘲笑される始末だったのである。現在では常識化している進化論が、当時の人々になかなか受け入れられなかったのはそのせいである。
 すなわち、現在、知識として進化論を受け入れている我々は、キリンを見かけた際にはまず「ハエたたき」のような尻尾を見なくてはならない。どうしても首を見たい者は、流し目で、誰にも気づかれないようにちらっと視界に入れることが要請される。それが現代という時代におけるキリンの見方である。

チャーンゴー人(2005年6月号)

 ルーマニアの少数民族チャーンゴー人に伝わる占いの仕方が判明したので紹介する。この占いの仕方は先祖から盗んで覚えることで現在に伝わっているようなので、チャーンゴー人ではない我々もやり方さえわかれば、あとは練習次第でできるようになるかもしれない。

 1. 部屋の壁にダ・ヴィンチの『最後の晩餐』のポスターを貼る。
 2. 体を激しく前後に揺らし、トランス状態に入る。
 3. 41個のひからびたトウモロコシの粒をテーブルの上に並べる。
 4. 生後4ヵ月くらいになる息子から「バブバブ」と声援を受ける。
 5. 「これがよそ者」と歌うように言いながら、1列目のトウモロコシの上で手を動かす。
 6. 別の列に移る。
 7. 「これがそなたの心、これがそなたの家なり」と結果らしきことを告げる。

 以上である。


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